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大阪高等裁判所 昭和52年(う)787号 判決 1977年11月25日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人岡崎赫生、同万代彰郎連名作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点 原判示第一の覚せい剤輸入及び第二の関税逋脱に関する事実誤認の主張について

論旨は、被告人が野田開治らと共謀して原判示第一の覚せい剤を密輸入したり原判示第二の覚せい剤の密輸入に伴う関税を逋脱したことはなく、その密輸入や関税逋脱の実行行為にも一切関与していないのであつて、ただ野田に対し同人が韓国から密輸入する覚せい剤を買受けるためその代金を前渡ししたに過ぎず、原判決はこれらの点について事実を誤認し、それが判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

しかしながら、原判決挙示の関係証拠によれば、原判示第一及び第二の各事実を優に認めることができる。すなわち右証拠によれば、被告人は、暴力団佐々木組系川崎組の組長であつてかねてより韓国から覚せい剤を密輸入し日本国内で密売していた早水忠雄、中林数教らと親交をもつていたが、昭和四九年五月中旬ころ同じ佐々木組系の山根組々長山根国男から同組の幹部溝口弘、同前田公生らに覚せい剤の密売をさせたいたので早水に取り計らつて欲しいとの依頼を受けて、これに応じて同年六月一日被告人の自宅において溝口、前田の両名を早水と中林に引き合わせるとともに溝口に対し早水らと一緒に渡韓し覚せい剤の買付け方法を覚えてくるよう指示し、その結果翌二日溝口を早水、中林らと共に覚せい剤買付けのため韓国に赴かせ、その際被告人は覚せい剤買付け金として一、〇〇〇万円を早水に渡しており、これを契機しとてその後も数回にわたり溝口、前田らが早水や中林と共に渡韓して大量の覚せい剤を買付けこれを密輸入し、被告人は前同様その都度多額の資金を事前に早水に渡し、密輸入された覚せい剤の中から三回にわたり合計一、一〇〇グラムを入手していること、ところがその後同年七月二二、三日ころ被告人は、溝口、前田の両名から「早水が韓国で屡々問題を起こし、韓国の警察の取り調べを受けたこともあり、このままでは覚せい剤の密輸入が発覚するおそれもある。幸い韓国で知り合つた野田開治が同じように覚せい剤の密輸入をやつているが、同人は紳士的であるうえ製造元から直接よい品物を仕入れており、この際早水と縁を切つて野田と組むことにしてはどうか」との相談を受け野田に会つてその信用度を確かめることとし同年八月初旬ころ溝口、前田と共に和歌山県海南市にある料亭「美登利」に野田とその仲間の桝矢顕文を招待して一緒に飲食したが、そこでは主として野田と溝口との間で覚せい剤密輸入に関する細かい相談が行われ、その結果被告人らは今後早水と手を切り野田と組んで韓国から覚せい剤を仕入れることになり、これに要する資金は被告人と溝口が提供し、その提供資金額に応じて密輸入覚せい剤の分配を受けるものとし、万一事故が生じ覚せい剤密輸入が失敗した場合でも野田において提供資金の半額程度は弁償する等の話がまとまり被告人もこれを了承したこと、その際野田から「誰か品物を運ぶ要領を見て貰うのに一緒に来て欲しい。」といわれ、被告人の指示で同月八日野田、桝矢および前記中林らが覚せい剤買付けのため渡韓するに際し、溝口がこれに同行したもので、被告人は前記約定にもとづき野田に対し二、〇〇〇万円をその資金として交付し、これにより密輸入した覚せい剤の中から二キログラムを同月一二日に入手していること、その後再び被告人は溝口、前田と共に同月一七日ころ和歌山市和歌浦にある割烹旅館「万波楼」に野田、桝矢、中林らを招待して一緒に飲食した際両者の間に、これからは溝口など被告人側の者は渡韓せず野田ら三名だけで韓国に渡り覚せい剤を運んでくることにするので、被告人らはその運搬賃として覚せい剤一キログラムにつき五〇万円を加算し野田から連絡あり次第直ちに資金を同人に届け、野田らが覚せい剤を持つて帰国したら溝口らが空港またはホテルまでこれを引き取りに出向くとの協議がまとまり、これにもとづき野田らが被告人から合計三、〇〇〇万円及び溝口からも多額の資金提供を得て原判示第一及び第二の各事実のとおり航空機を利用して韓国からその都度多量の覚せい剤を密輸入し、第二の事実についてはこれに関する関税をも逋脱しその結果被告人は合計三キログラムの覚せい剤の分配を受けたことが認められ、以上の事実を総合すれば、被告人は単に野田らから密輸入にかかる覚せい剤を買受けたというだけにとどまらず、これらの者と一体となつて密輸入それ自体を計画謀議し、被告人は溝口らととも輸入資金の調達を担当し、野田らが密輸入の実行に当るとの役割のもとで、相共に原判示第一のとおり覚せい剤を密輸入し、また原判示第二のとおり覚せい剤密輸入に伴う関税を逋脱したものであつて、これらの密輸入ないし関税逋脱について被告人が共同正犯者としてその罪責を負うべきことは明らかである。従つて原判決にはこの点について事実誤認はなく、論旨は理由がない。

なお、所論は、原判示第二の関税逋脱の事実について、本来覚せい剤のようにその輸入が禁止されている貨物を法規に違反し不正輸入しようとする者がこれについて関税が課せられていることを認識することはあり得ず、被告人は関税逋脱の故意を欠いていたというのであるが、被告人が野田開治ほか三名と共謀のうえ覚せい剤を韓国から航究機を利用し福岡空港を経て日本国内に密輸入するに際し、これを秘匿し同空港の税関職員を欺いて通関することを認識していたことは、前記認定事実に照らし疑いの余地はなく、この点についての認識を有していた以上被告人の関税逋脱についての故意の成立に欠けるところはなく、仮に所論のように被告人において覚せい剤が法禁物であるところから法律上関税を課される貨物であるとの認識を欠いていたとしても、それは法令の不知に過ぎず故意を阻却するものではない(最高裁判所昭和三四年二月二七日判決刑集一三巻二号二五〇頁参照)。

控訴趣意第二点原判示第二の関税逋脱に関する法令適用の誤りの主張について

論旨は、まず、法令によつて輸入が禁止されている物はもともと関税の対象から除外されており、ひいてその物について関税法一一〇条の関税逋脱罪は成立しないと解すべきであり、このことは関税定率法二一条一項に定める輸入禁制品についてのみならず、覚せい剤取締法によつてその輸入が絶対的に禁止されている覚せい剤についても同様であるから、本件について関税逋脱罪の成立を認めた原判決には関税法一一〇条の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。

しかしながら、輸入貨物には、条約中に特別の規定のある場合のほかは、関税法及び関税定率法その他関税に関する法律(以下これらを合わせて関税関係法という)によりすべて関税を課することとされているところ(関税法三条)、覚せい剤についてこれを関税の課税対象から除外する趣旨の規定は条約または関税関係法上全く見出し得ないから、これを同税の課税対象でないとしひいて関税逋脱罪についての関税法一一〇条の適用がないとする所論は採用し得ない。もつとも、関税定率法二一条所定のいわゆる輸入禁制品が関税の課税対象から除外されこれについては関税逋脱罪が成立しないと一般に解釈されていることは所論のとおりであるけれども、それは、それらの物が既に他の法律によつて輸入を禁止せられその違反に対し処罰規定が設けられているにもかかわらず(刑法一三六条ないし一三八条、あへん法六条、五一条、麻薬取締法一二条、一三条、六四条、六五条、刑法一四八条二項、一四九二項、特許法一〇一条、一九六条等参照)、さらに関税定率法自体についての輸入禁止規定を置き、かつ、その違反に対する処罰規定として特に関税法一〇九条を設けているうえ、その輸入の禁遏を実効あらしめるため税関官吏による没収その他の処分を規定する(関税定率率法二一条二項ないし五項)など特別の措置が講じられていて、これによれば、これらの物についてはもつぱらその輸入の阻止を図ることとし、もともと関税賦課の対象とはしていないことが関税関係法上うかがわれることによるものと考えられる。従つて、関税定率法二一条にいう輸入禁制品とはされておらずひいて関税関係法上その輸入の禁止または阻止につきなんらの規定も設けられていない覚せい剤について、その輸入が覚せい剤取締法によつて絶対的に禁止されているからといつて、いわゆる輸入禁制品に関する前記解釈を借り、関税法一一〇条の適用を否定しようとする所論見解には到底左袒し得ない。関税法一一八条が覚せい剤を「輸入制限貨物等」の一つとして掲げ(同条三項一号ロ)、これについて同法一一〇条及び一一一条の罪が成立することを前提として、その没収及び追徴について規定していることも所論見解の採り得ないことの証左といえよう。そして、輸入覚せい剤については、関税定率法別表関税率表の29.22号アミン官能化合物の「五 その他のもの」として関係法令所定の税率の関税が課せられるものと解すべきであり、これと同じ解釈を採り本件について関税法一一〇条の罪の成立を認めた原判決には所論の如き法令適用の誤りは存しない。論旨は理由がない。

論旨は、次に、被告人に対し本件覚せい剤の輸入について税関長への申告義務を課し、その違反に対し関税法一一〇条を適用することは、覚せい剤取締法により処罰の対象となる密輸入事実の告白を余儀なくせしめるもので、憲法三八条一項に反し許されない、というのである。

よつて案ずるに、憲法三八条一項は何人も自己が刑事上の責任を問われる虞れのある事項について供述を強要されないことを保障したものと解すべきところ、関税法によれば、本件の如く本邦に入国する者がその入国の際に関税の課税対象となる貨物を携帯して輸入する場合には、当該貨物の品名、課税標準となるべき数量及び価格その他必要な事項を税関長に申告し、必要な検査を経て納付すべき税額の決定(賦課決定)を受けたうえ、その税額に相当する金銭を納付しなければならないものとされ(関税法六条の二第一項二号イ 六七条、八条、九条の二及び三等。なお輸入許可の点は本件と関係がないので、ここでは触れない)、これに違反し偽りその他不正の行為により関税を免れたときは同法一一〇条一項一号により刑罰を科すこととされているが、そのように同法が輸入貨物について申告を命じているのは、もつぱら関税の確定、納付、徴収その他税関手続の適正処理を図るためのものであつて(同法一条)、右申告制度そのものは刑事上の責任を問われる虞のある事項について供述を強要したり、犯罪捜査のための資料の収集に直接結びつく作用を一般的に有するものではなく、他方関税徴収の公平確実を期するためには、本邦に入国する者に対しこれが携帯輸入する貨物の品目のいかんを問わず一切をありのまま申告せしめ、税関長においてこれの内容を正確に把握しなければ、その目的を達することを得ず、その意味で右申告制度は、かかる公益上の目的を実現するため欠くべからざるものであつてかつ合理性を有することにかんがみれば、右の申告その他税関手続に関する諸規定はもとより、罰則である右一一〇条一項一号もそれ自体として憲法三八条一項に違反するものでないことはいうまでもない。そうだとすると、本件のように輸入貨物がたまたま覚せい剤取締法により輸入が絶対的に禁止されその違反につき同法において罰則が設けられている物であつても関税法上別異に取扱うべきいわれはない。けだし、この場合輸入貨物について真正な申告をすれば覚せい剤取締法違反の罪が発覚する虞のあることは否定できないけれども、右申告自体は叙上の如く税関手続の適正処理を図るためのものであつて犯罪事実の告白を求める趣旨のものでないうえ、通関手続前に覚せい剤の輸入を中止するなどの方法により容易に右申告による同罪発覚の危険を回避することが可能であつて、しかもなおあえてこれを輸入ようとする以上真正な輸入申告をして所定の関税を納付すべきは当然であり、憲法の右条項を根拠に本件につき輸入申告義務なしとし関税法一一〇条の適用を否定する所論は採るに足らない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三点量刑不当の主張について

論旨は、原判決の量刑は重きに失すると主張するのであるが、所論にかんがみ記録を精査し検討するに、本件は、暴力組織を背景として組織的かつ計画的に韓国から大量の覚せい剤を密輸入しこれを他に転売した事案であつて、各密輸入について被告人が果たした役割は重要であり、覚せい剤が社会にもたらす著しい害悪を考えるとき被告人の刑事責任は誠に重大というべきであつて、所論指摘の被告人に有利な情状を考慮に入れてもなお原判決が重過ぎるとは考えられず、論旨は理由がない。

そこで、刑事訴訟法三九六条により主文のとおり判決する。

(河村澄夫 村田晃 長崎裕次)

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